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読書6「わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想」(2018年9月)

今年の9月に出たばかりの書籍「わたしで最後にして ナチスの障害者虐殺と優生思想」を図書館で借りて読んだ。

 

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あまり厚い本ではなく,文字が大きく,文章も平易なので読みやすい…はずなのだが,予想に反してページをめくる手はあまり進まなかった。

 

読めば読むほど,気が重くなり,お腹も痛くなってくる(トイレに3回は行った)。

 

一応読み終えたが,あまりに気が重くなってきたので最後は駆け足で読み進めた。

 

もったりしたような,ツッコミどころが多いような文章で,あまり好きな文章ではなかったが,考えさせられる部分があり,また読み返してそれぞれの部分で思考を掘り下げていきたいと思う。

 

ヒトラー率いるナチスドイツが行った大量虐殺から,まだ記憶に新しい津久井やまゆり園の障害者殺傷事件などを挙げて,人権差別や優生思想について言及していた。

 

同じようなことを繰り返し繰り返し伝えている感じで,メッセージ性は一貫していたように思う。

 

それは「障害者にも寛容な社会を目指しましょう。定型発達の人間にとっても他人事では無い。分かりやすい差別だけでなく、日常の中の何気ないところにも優生思想はたくさん存在する。まずはそれに気付きましょう。」ということだ。

 

この本を読み進めて行くうちに、日常の中での自分の行動や発言にも広い意味での優生思想が入り込んでいることに気づいた。

 

例えば、現在職がない自分は価値がない存在なんじゃないか、ということをふとした瞬間に思う。

 

これは、「職に就いていない⇨優れていない、劣っている⇨劣っている自分には価値がない」といった思考回路でそう判断している節があるなぁと感じた。

 

職についていなくても、私は私だし、仕事をしているからといって、それが必ずしも自分の価値を上げるとは限らない(仕事をしていないことを正当化するわけではなく、職に就いていないことが決定的に自分の価値を下げると決めつけている価値観に対する批判だ)と思う。

 

またこの本(もしくは関連本)を借りて読んで,もっと深く掘り下げて考えていきたい。

 

巻末に推薦本が載せてあったので,それを参考に関連本も読んでいきたい。

 

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2018年10月12日(金) 21:49